東京高等裁判所 昭和30年(行ナ)42号 判決 1956年7月14日
原告 児島統一
被告 特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、特許庁が同庁昭和二十八年抗告審判第一四七〇号事件につき昭和三十年八月二十九日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、
一、原告は昭和二十七年五月十二日に第四十三類菓子及びパンの類「蒸菓子」(餡入りの船型蒸焼)を指定商品として別紙表示の第一の「五平太船」なる商標について登録出願(昭和二十七年商標登録願第一二三二七号)をしたところ、昭和二十八年七月三十一日に拒絶査定を受けたので、同年九月十二日に抗告審判の請求をし、同事件は特許庁昭和二十八年抗告審判第一四七〇号事件として審理され、昭和三十年八月二十九日に右抗告審判請求は成り立たない旨の審決がされ、審決書の謄本は同年九月九日原告に送達された。
審決はその理由として、第四十三類菓子及び麺麭の類を指定商品とし昭和二十五年三月六日の登録出願に係り昭和二十七年五月二十一日に登録された「五平太」の漢字を行書体の程度で縦書し、その上部に角ゴジツク体で特殊円型図案を表わして成る別紙表示の第二の登録第四一一七三一号商標を引用し、外観上前者(本願商標)は後者(引用商標)の類似範囲を脱するものとしても、称呼上から見れば、前者はゴヘイタブネと称呼し、後者はゴヘイタと称呼するのが自然であるから、両称呼の差異は「船」(フネ)の称呼が末尾にあるか否かの点であつて、頭音たる四音は全く同一であり、観念も同一であり、而もこの頭音は相当強く発音され、前者の尾音「船」(フネ)は「五平太」(ゴヘイタ)の称呼に比べ比較的に軽音にしか響かないから、「五平太」の部分に世人の注意が強くひかれるものと解するのが相当であるから、両商標の全体の称呼から考えこの「船」(フネ)の称呼の有無は極めて微差に過ぎない。故に両者の称呼を一連に呼ぶときは取引上誤認混淆を生ずるものと判断される。又観念上でも、前者は石炭船、後者は石炭であるが、世人の中で「五平太」を石炭と観念し得る者は極めて少いから、「五平太船」と「五平太」とは何か関連性があると一般に誤認される恐れが多分にあり、この点でも彼此相紛れる恐れがある。且両商標の指定商品は互に抵触しているから本願商標は商標法第二条第一項第九号に該当すると言う趣旨を説明している。
二、然しながら審決は次の理由により当を失している。即ち、
(イ)、「五平太船」を「ゴヘイタブネ」と称呼するのが自然であると説示する以上、末尾の「船」を「フネ」と清音に直すことは首尾が一貫せず、穏当でない。「船」は「ブネ」と濁音で称呼して「ゴヘイタ」の称呼とその音の軽重強弱を比較すべきである。元来清音は声帯の振動を伴わない子音であるから弱く響くのであるが、濁音は声帯の振動を伴う子音であるから清音に比べて強く響くのであり、従つて「フネ」と「ブネ」とでは、その響き方に著しい差異がある。本願商標を「ゴヘイタブネ」と称呼する以上、「ゴヘイタ」と「ブネ」との間に称呼上何等の軽重の差は認められない。従つて「ゴヘイタ」と「ゴヘイタブネ」とでは称呼上判然たる区別があり、取引上両者の誤認混淆を生ずる恐れはない。故に審決が本願商標の称呼を「ゴヘイタブネ」とし、引用登録商標を「ゴヘイタ」としながら、本願商標における「フネ」の音が「ゴヘイタ」に比べ比較的軽音にしか響かないものとしたのは首尾一貫せず穏当を欠き失当である。
(ロ)、審決の説くように「石炭船」と「石炭」との間に観念上判然たる差異があると認める以上、「五平太船」と「五平太」も之と同じ理由で当然観念上判然たる差異があると認められるべき筈である。即ち「石炭船」が「石炭を運ぶ船」という点で「石炭」との間に関連性があることは当然であるが、審決はこのような関連性があつても両者は観念上相違すると説示しているのであるから、「五平太船」と「五平太」との間に同様の関連があつても両者は観念上相違するとすべきである。然るに審決が「石炭船」と「石炭」との観念上の差異を認めながら、「五平太船」と「五平太」の観念上の差異を認めなかつたのは首尾一貫せず、穏当を欠くものである。
(ハ)、特許庁の既往の商標の登録例として、本願商標と引用登録商標とのように、末字の相違があるだけで同一又は類似の商品を指定商品としているのが枚挙に遑のない程多数存する。この事実は末字が相違すれば両商標がその称呼及び観念を異にするものとするのが自然であり、穏当であることの証左に外ならない。審決の判定は之等の先例に反するものである。
三、よつて原告は審決の取消を求める為本訴に及んだ。
と述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、
原告の請求原因事実中一、の事実を認める。
請求原因二の(イ)の主張につき、本願商標と引用登録商標とは外観上互に類似していないとしても、称呼上両者は類似している。即ち「前者は「五平太船」と称呼し、後者は「五平太」と称呼し、両称呼の共通点たる「五平太」は、昔肥前の国の五平太という者が始めて石炭を発見したところからその名が石炭の異名として使用されるようになつたのであり、更にその五平太の造つたという船によつて石炭を運んだというところから、その船を「五平太船」と呼ばれるに至つたと言う由来深い関係が存する(株式会社平凡社発行大百科事典五巻昭和二十七年四月十日縮刷第一版参照)。然し「五平太」を石炭とのみ観念し得るのは社会に於て極限された範囲内の者に限るから、片方に「船」の文字があり、この部分から船即ちフネ、ブネ、セン等の称呼が生じても、「五平太」の部分の称呼から社会一般人の受ける印象が強く、「船」の音は比較的軽音にしか聞き取れないのが普通である。従つて「船」の称呼が末尾にあるか無いかの違いは全体から見れば微差に過ぎず、両商標を一連に称呼すれば取引上彼此相紛れる恐れがある。又以上のような事実関係から見れば両者は観念上でも相紛れる恐れがある。然らば両商標は称呼及び観念上互に類似し、且指定商品も相抵触するから、本願商標は商標法第二条第一項第九号により、その登録を拒否せらるべきであつて、審決の判定は正当である。尚請求原因二、の(ハ)の主張につき仮に原告主張のような既往の登録例があつたとしても、之等は本願の事案とは関係がないから、之等の登録例がある故を以て両商標が称呼及び観念上相類似しないものと認定すべきではない。
と述べた。(立証省略)
理由
原告の請求原因事実中一、の事実は被告の認めるところである。
別紙表示第一の本願商標を見るに、同商標は「五平太船」の四字を行書体で縦書し、その向つて右肩に之より遙かに小さい「若松名菓」の四字を同様書体で縦書し、且以上の文字総体の上辺より向つて右辺にかけて形の線を画したものであることを認め得るが、右「五平太船」の文字以外の部分は「五平太船」の文字に対する附記程度のものであることが認められ、従つて右商標は「五平太船」の文字を以て称呼し観念されるものと解さなければならない。又別紙表示第二の引用登録商標を見るに、その構成は上部に全体を円形に纒めた特殊の図形を描き、その下に「五平太」の三字を稍々草書体に近い行書体で縦書したものであることが認められるが、右円形の図形は何等かの文字を図案化したもののように見えるけれども、その文字が不明であるから、この部分から格別の称呼又は観念が生ずるものとは認められないばかりでなく、右商標を全体として見れば右図形は「五平太」の文字に対する附記的なものと認められるから、結局同商標も又右「五平太」の文字を以て称呼し観念されるものと解せざるを得ない。
よつて本願商標の「五平太船」と引用商標の「五平太」とにつきその称呼及び観念上の類否を審案するに、前者が「ゴヘイダ(又はタ)ブネ」又は「ゴヘイダ(又はタ)セン」と、後者が「ゴヘイダ(又はタ)」と夫々称呼されるのが自然と認められ、結局両者の称呼上の差異は末尾に「ブネ」又は「セン」の存するか否かにあるものと言うべきところ、前者の称呼では「ゴヘイダ」の方が音数に於て「ブネ」又は「セン」に二倍する為称呼上主要な地位を占めるものと解せられるに対し、「ブネ」又は「セン」は無視され易く、従つて唯一の差異たる「ブネ」又は「セン」の有無は両商標を区別する力が少なくて両者相紛れる恐れがあるとしなければならない。又観念上も両商標に通ずる「五平太」とは之を社会通念に照して見れば、現代に於ては極めて特異な人名と解せられ、従つて本願商標の五平太船は単に五平太なる人の所有し又は使用する船と言う意味に解せられるところ、五平太なる人名が極めて特異であり、その字数から言つても大部分を占めている為人の注意が主として「五平太」に惹かれ、称呼の場合と同様「船」の部分は無視され勝となり、従つて「船」の部分の両商標を区別する力が弱く、両者相紛れる恐れが十分にあると言わなければならない。故に両商標は称呼のみならず観念上も相類似しているものとすべきである。尤も「五平太」が石炭を意味する語として、従つて「五平太船」が石炭を運ぶ船を意味する語として使用されることのあることは当事者双方明らかに争わないところであるから之を自白したものとみなすべきところ、本件にあらわれたすべての資料によつても「五平太」を「石炭」の意味に使用することが全国的に前記各商標の指定商品の一般取引者及び需要者間に行われ又は知られているものとは到底確認し難いから、このような使用方法を以て両商標の類否判定の基準とすることは相当でなく、従つてこのような観念を採つた場合にその観念上両商標が類似しなくても、前記の通り社会通念に従い「五平太」を人名と解した場合両商標が類似している以上、両者は観念上類似しているものとすべきは勿論であつて、このように解しても原告主張のように首尾一貫しないものとすることはできない。
尚原告は両商標が類似しているとすることは従来の多数の登録例に反するとし審決の判定を非難しているけれども、原告主張のような登録例が存してもそれは法律上本件の判断を覊束する力がなく、右登録例あるが故に両商標が類似していないとすることはできないから、原告の右主張は之を認容することができない。
然らば本願商標は引用商標と称呼及び観念上類似し、且その指定商品を同じくしている以上、商標法第二条第一項第九号に該当し、その登録出願は許されないものであつて、審決が右と同旨の見解の下に之を排斥したのは相当であつて、原告の請求は理由がないから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。
(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)
(別紙省略)